
9月16日のこと。内容が濃くなりそうなので2編に分けようと思います。
この日は朝一で釜石へ。遠野から釜石線で1時間ほど。釜石市ボランティアセンターで活動することに。
早朝の電車にはこのあたりの学校へ通う子達が乗り降りする。なんかこないだもみたようなコが…、ってあたりまえだよな考えてみたら。この電車に乗らなきゃ次のじゃ完全に遅刻するからな。2時間近く間あきますYo。
センターの集合時間は8時半。それまで少し時間があるので、町中を歩くことに。

1か月前にも来たけど、、取り壊されてなくなった建物がいくつかあるようだけど、そのまま変わりないところが多い…。港から道路まで乗り上げた大きな船もそのままだ。ぐしゃぐしゃになったままの家屋。呑み屋。
…。
被災地ド真ん中のローソンでパンと水を買う。パンも水も、お金を出せばふつーに買えるって、ありがたいですね。
そろそろボランティアセンターへ。遠野に比べると、本当に集まる人数が少ない…。なんか、、切なくなった。
でも大丈夫だぜ。俺は人一倍働くしハートも強い。一応スコップ団のはしくれだし、誰よりもこの国を愛してる。来たこともない町の見ず知らずの誰かのために、今日一日を燃やし尽くすつもりでトウキョウから来たんだ。
さて今日の現場は!
釜石市鵜住居。まずは仮住まいだったアパートから、リフォームしたおうちへの引っ越しの手伝い。おうちは海から5キロも離れていたのに2階天井付近まで津波がきたそう。周りは完全に破壊された家も多かったけれど、奇跡的に一階部の損傷だけでまぬがれた。ご家族もみなさん無事だった。
洗濯機とか冷蔵庫など重いものを中心にトラックに乗せ、元のお住まいへ。
更地になって夏草が生い茂った住宅跡地や、不自然にひしゃげたままのガードレール、工事中の家が点々とある界隈に立て直したおうち。新築みたい。
ちょっとした地形や周りの建物との位置関係で、強い波の流れや大きな漂流物の衝突を、免れたり免れなかったりするんだ。このお宅は一階部の損傷だけで、柱や骨組みは無事だったからリフォーム出来た。でもすぐ隣の家々は…、、だからご近所には申し訳ない気持ちも強く抱いているそうです。うちだけ無事でごめんね、、いつもそう言ってたんだって、、。
敷地内には大破したピアノも置かれていた。正確にはピアノのパーツ。ピアノ線とその枠組み。錆びてる。大事にしていたグランドピアノ。
小さな男の子がいて、ちょっとビビりながらも話しかけてくれた。
この子をお母さんが抱えて、一家でトラックの荷台のちょっと高くなってるヘリ、わずか2mたらずのところに登って、それでも足元にまでくる海水に怯えながら11日の夜を過ごした。
トラックはだめになったけど命の恩人だよ、と在りし日の写真をみせてくれた。バンパーもとっておいてある。
車とか楽器とか、大切なもの使い馴染んだものが損なわれる、というのは本当に悲しいことだ。移動中に目にする無数の瓦礫は、全部誰かの、大切な馴染みのもの。「ガレキ撤去」って言葉に抵抗をおぼえる…。
それから!なにもないけど食事してって~っと、カップラーメンと野菜炒め、炊き立てのごはんと自家製のつけものを出してくれた!おかまいなくと言ったんだけど、何かしないと申し訳ないからとおっしゃるので遠慮なく頂くことに。
ありがたい。
ごはんもだけど、こんなに感謝して、気持ちを明るくしてくれるなんて。感謝される立場なのかも知れないけれど、こちらが感謝でいっぱいだ。なんでだろう。
生きていて、また笑ってくれて、ありがとう。今日初めてお会いしたけれど、やっぱり同じ人間だから分かるんだな、今まで生きてきたそしてこれから生きていく、その尊さが。
貴重なお話もたくさん聞かせてくれた。
…。
さてそろそろ次の現場行かなきゃ。丁重にお礼を言って、さよならする。これからまだまだ大変なことがたくさんあるんだろう。近所の人はほとんどいなくなったし買い物も不自由だ。街灯や信号は回復したんだろうか。それでも、前を向いて新しい生活を送るためのお手伝いを、ほんのちょっとでもできたなら、本当に嬉しい。
ところで、今日のもう一件の現場は、被災して散らかった庭の、ちょっとした岩をかたずけるって話だった。だけど行ってみたら、、すんげーデカい岩…。素手じゃ無理。ネコ使っても危ない。これじゃ必要な機材変わってくるじゃん!それで一回センターに戻ることになった。車で片道15~20分。必要な道具積み直して往復1時間…!すげー時間の無駄!!こういうとこなんだよな、ボランティアセンターでよくある不手際。完全に依頼内容確認の不備とか伝達ミスじゃん!
あとでキレたろ…。