2011年7月19日火曜日

まとめ…それから次の行動へ

3月11日、14時46分。僕は新宿にある貸し音楽スタジオにいた。新しく出来た曲のデモ録音を終え、ほっと息をついた時だった。揺れを感じ、そしてすぐその揺れが普通の大きさじゃないことに気づいた。その後の行動は意外に冷静だった。三味線と財布を持って一旦外へ。落下物などに気をつけて安全な場所に出た。すぐに思い浮かんだのは、家に一人でいるはずの母のことだった。父の職場は比較的新しい建物らしく(実際は違った‥!)このくらいの揺れなら崩壊することはないだろう。でも、我が家はボロイ。倒壊することはないにしても‥。まだ揺れが続いてるなか家に電話をした。このときはまだつながった。母が出る。ものすごい揺れだが一応無事とのこと。
さて駅へ向かうと街はすでに大混乱。未曾有の、っていう感じだ。我が家へは3キロほどの道程なので、するすると人の間をすりぬけて帰路につく。

ああしてる間に、東日本沿岸部には津波が近づいてきてたんだな‥。



想像力 -

自分の身に起きたわけではないことを、自分の身に置き換える、理性的な想像力。それが他者と自分をつなぐ最も有効なツールだと、僕は思う。
ボランティアをするなんて、自己満足だと言う人がいる。偽善だと。まして自己犠牲などと。
確かに「利他」にはそれを補って余りある充実感が、満足がしばしば得られる。人間というものはその存在の構成上、主観の合意のない利他は有り得ない。だから、人間は皆、自分のために生きている、一部の冷笑主義者やペシミストはそう解釈するだろう。だけど、「主観の合意」は利己だろうか?人が喜ぶ姿を見て喜ばしく思うのは、人の幸せを願う心というものは、主観の利他的性能の副産物なんじゃないか?
いつも、いつも、想像できる自分でいたい。家を、仕事を、大切な人を失った、傷ついた心のことを。テレビでは連日、復興へ向かう明るいニュースが報道される。だけど、僕は想像したい。一番傷ついている人の気持ちをこそ。一番どん底にいる人々のことを、決して見落とさずにいたい。何にも出来ないかも知れないけれど。

独りきりのおじさんは家族と連絡がとれただろうか。耕して植えた苗は無事に根をおろしただろうか。半壊した家に、家族の笑顔は戻ったのだろうか。沈んだままの船や車は引き揚げられるんだろうか。その中に閉じ込められたままの人たちはどうなるのか。まだ見つからない何千という人々は、いつ家族のもとに帰れるんだろう。大切な人を失った人の心は、いつになれば癒されるんだろう。
これからこの国は、どうやってこの国難を乗り切るんだろう。

そして、僕には何が出来るんだろう。

今、やれることを、そして明日、出来るようになることを、ひとつずつ紡いでいこう。






今回お世話になったボランティアセンター 団体 人 ‥

・いわき市災害救援ボランティアセンター
http://www.iwaki-shakyo.com/saigaiborasen.html
0246-22-5501

・仙台市津波災害ボランティアセンター
http://www.ssvc.ne.jp/?p=1575
022-231-1326

今回の旅を全面的にコーディネートして下さった福島在住の知人、パンダさん(もちろん本名じゃないよ)このヒトがいなければここまでの経験は出来ませんでした。多謝。「パンダの旅]http://pandanotabi.blog89.fc2.com/ 震災直後から単独で復興活動に走り回ってたかたです。貴重な体験談や、がれきの中から助けたネコのお話なんかもありますよ。

それからもう有名な「スコップ団」blog.goo.ne.jp/cheapdust毎週末復興作業に奔走し続けている団体。参加者も急増しているらしいです。



さてさてパソコンが不調だったため書き上げるまでにずいぶん時間が空きましたが…、その間に岩手行きが決まりました。明日の夜から遠野へ行って参ります。半分下見に。それでまた来月、岩手から宮城に行こうかと。その件はまたこちらのブログで。


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