花が咲いてる。
海水がなだれ込み濁流にのまれたはずの場所に、草花はなぜ無事に、いや無事かどうかは判らないけれど、瓦礫のわきで、なぜ花を咲かせられているんだろう。
宮城二日目。ゆうべは結局ホテルがとれず、サウナの仮眠室で横になったがあまり熟睡出来なかった。(ー_ー;)
今日は朝から仙台市津波被害ボランティアセンターに登録。仙台から電車で数駅の小鶴新田という所のスポーツ施設内にあるセンターだ。
こちらでも保険にはただでいれてくれるし装備もいろいろ貸してくれる。水や携帯食料、ビタミン剤までもらえる。いたれりつくせりだ。そんなとこに税金を使う必要がアルノカ?と少し思う。誰かの寄付なのかな。
ま、もらえるものはもらっておこう‥。
さて今日の現場は!
岡田という地区のお宅。津波で乱れた畑の清掃。瓦礫類の除去だ。
海からは400~500mくらいだろうか。このあたりの家々も、少なくとも1階部分は浸水、大破。大規模半壊から全壊の建物ばかりだ。田んぼの中にも車や水上バイク、木材や大きな何かのタンクが転がっている。
小雨が、降ったり止んだりのあいまいな天気の中、作業を開始する。海水がなめたあとの畑の土をやわらかく耕し直す。土に混じったガラスや石を取り除きながら。
ざくざく ざくざく ざくざく ざくざく
耕したあとの土を整えて、苗を植えていく。サニーレタスと、モロヘイヤ。ちっちゃな、みどり色の芽が、点々と増えていく。とても単純に、感動的だ。
休憩は、半壊したおうちの1階部におじゃましてとる。柱以外、なにもなくなったがらんどうの1階で。この辺りはかろうじて水道から水が出る。下水道も一応復旧しているそうだ。
津波の被害が大きかった海抜の低い地域は、家屋が無事だったとしても、行政はもう住人に、出来れば住んで欲しくないらしい。だからかどうかは判らないけれど、そうゆう地域の上下水道の復旧は得てして遅れているそうだ。もちろんこんな大変な、そして悲しいことがあった場所に、そして”危険”なことが分かってしまった土地に引き続き住みたいとは思わない人も多い。
だけど、このおうちのかたは何とかしてこの家に住みたいそうだ。1階部がもうだめだとしても、2階部分をどうにか移築して、住みたい。
立派なおうちだったんだって。広い敷地内に3棟あって親子孫3代で暮らしてた。畑と田んぼがあって作業用の納屋もあった。写真をたくさん見せてくれた。いろんな話をしてくれた。してくれながら、だけどおばさんは元気で楽しそうだった。ご本人も、こんなにたくさん若いひとが来てくれて、今日はとても楽しかったと言ってくれた。震災後しばらくは国や市からなんの救援も無く、この辺りは見捨てられたのかと思っていたそうだ。ボランティアセンターも、実地調査でこの辺りにも何度も来たらしいが、無人の家ばかりで実情把握が上手く進まなかったらしい。
こういう齟齬が、無数にあるんだろう。
午後、予想外のことで作業が打ち切りになる。続報をチェックしてないので詳しいことはわからないけれどアリューシャン列島で(?)地震があったらしく日本列島にも津波が来る可能性があるとかで、センターから作業中止の連絡が。
非常に残念だ。海をにらむ。
更地にされた地平の、数百m先に見える海。海岸線の向こうの空は雲間が見え、歯抜けになった松林に陽を落としている。美しい空と、海だ。
最後におばさんからご挨拶があり、サニーレタスとモロヘイヤができあがったら食べに来てねと言ってくれた。自分の畑と思っていいからね、と。
さて、自転車でセンターまで帰る。岡田サテライトまで。アリューシャン列島から津波がわざわざ来るものか。来たらもてなしてやる。牛タンで。
さてバスと電車で仙台に戻ったわけだけど、今日の現場で知り合った、名古屋から来た二人と一緒に食事をすることに。栄で美容師やってるお二人。休みを利用して日帰りで来たんだって!アツイな。仙台駅付近で、牛タン屋に入る。出逢いを記念して、そして宮城の復興を祈念して乾杯。
マイミクになったからまた会おう。新幹線の時間が近づいて、ダッシュで駅へ。
日本中からいろんな人が、いろんなきっかけで、いろんな気持ちを抱いて集まって来る。来て良かった。
僕ら一行は仙台最後の夜を過ごす宿へ。今日はホテルがとれたのでゆっくり休めそうだ。
0 件のコメント:
コメントを投稿